「葵理事、お疲れ様です」
かちゃり、机に置いた瞬間、コーヒーカップとソーサーがこすれて音を立てる。
中に入った黒い液体は、零れ落ちる寸でのところで留まって、滑らかにまた中へと戻っていった。
細心の注意を払ったけれど、小さく音がしたのだ、頑張って作っている微笑も崩れているのだろう。
ぼんやり思いながらコーヒーから手を離した。理事の顔をみることは、できない。
「・・・先生、」
「コーヒー、冷めないうちに飲んでくださいね」
「せん、」
「あと、桔梗先生から預かった書類です。どうぞ」
「、」
「では、失礼します」
くるりと踵を返して彼の前を後にする。ばかだ、私は、ばかだ。無視するならどうしてコーヒーなんて持ってきた?
桔梗先生からの預かり物だって、どうして理事が戻ってくる前に机に置いておかなかった?何が、したかった?
「ッ、!」
「・・・・・・」
久々にこの声で名前を呼ばれた気がする。無表情に振り返ると、対照的に焦った顔をした葵理事がいた。
「・・・なにか?」
「・・・いや、その、」
「別に、貴方が気にすることじゃないですよ。仕方ないじゃないですか」
「・・・・・・」
「貴方の言いつけ通りもう、宝生の人には必要以上関わらない様にします」
「・・・」
「いいんです」
もう、いいんです。
自分に言い聞かせるように、二度目は小さくつぶやいた。葵理事が私のことを拒絶したのだって、
嫌いになったからじゃないことぐらいわかってる。私のことを思って言ってくれたのだってわかってる。でも、でも、
「でも、葵理事、」
私は、家のしがらみとかそんなの関係なく、貴方がすきなんですよ、
ただ、
愛してくれれば満足だったのに
(気遣いなんて、ほしくなかったのに)