「ねえ、先生」
「? なんですか、先生?」
「葵理事のこと、どう思ってるんですか?」

我ながら、可愛そうな女だと思う。でも、こんな質問にも彼女は「んー・・・」と声を漏らしながら、真剣に答えてくれた。 つくづく、良い人だと思う。私と違って。


「私にどれだけ出来るかわからないけど、でも。できる限りのことは、あの人たちにしてあげたい、って思うんです」


幸せそうに緩められた口元、意思を持った光を放つ瞳。どうしてこの人なのだろう。胸の中でどろどろとした思いが渦巻く。 私のほうが、ずっと前から彼を見ていた。この人が、やってくるずっと前から。 なのに、この人が来た途端、理事だけじゃなく、宝生のひとはみんな   桔梗先生だって、綾芽くんも、ともゑくんも 菫くんも皆みんな、少しずつ、笑顔を見せるようになってきた。お家の事情については確かになんにも知らない、知る権利だって、ない。 でも、彼女は、特別。どうして私はそうではないのだろうか。自分の運命を悪み、彼女の宿命を羨んだ。

ああ、だから私は駄目なんだ。目の前で微笑むこのひとは、絶対にこんな感情など抱かないのだろう。私には、無理なのだ。 わたしでは。


ただ横から見つめているだけなど耐えられない。ならば、いっそ。

前々から鞄の中に潜ませていた封筒を手探りで探し当てる。帰りに、理事に渡そう。それが、さいご。



手の届く範囲で触れられないのなら、私はその場を立ち去る方を選ぶのだ。