「う…ふあ…」


携帯のアラーム音で重い目蓋を開けると、出窓のカーテン越しにうっすらと外が明るくなってきているのが伺えた。 出来るならもう少し寝ていたいけど…。そんなことは言ってられない。あんまりのろのろしていると職員会議に遅刻してしまう。 まだ疲れの残る体を引きずってリビングへと向かった。

今日の朝食はどうしようか。考えていると自然と頬が緩むのを感じた。 今までは面倒なときは食パン一枚で済ませることも少なくなかったけれど最近はめっきりその回数が減った。 一緒においしいといいながら食べてくれる人が居るからだろうなあ。 まあ、女として貧相な食事を出したくない、という見栄があることも否定はしないけれど。


「おはようございま……あ。」


まだ寝てる。私の家のたいして大きくもないソファーに寝そべっているのを見るとなんだか申し訳なくなってきて、 ちょっといいソファーベットでも買おうかと思えてくる。だが失念してはならないのは彼は我が家に転がり込んできた居候ということだ。 徐々に馴染みつつある今の生活がいつまで続くかなんて私にわかる由もないのだと思うと理事のために新しく物を買うのは躊躇われる。 そのうち彼が出て行ったとき、一人でそれは眺めるのは切なすぎる。

考えていたことを振り払うように勢い良くコーヒー豆をドリッパーに出す。今日はスクランブルエッグでいいや。とびっきり甘いやつ。 ふあ、とあくびをした拍子に豆が当たりに散らばった。「うわ…ついてない…」まだ眠気で開ききらない目で台拭きを探す、と、


「おはよ、。はい」
「あ、どうもおはようございます……起こしちゃいました?」
「いや。それよかのほうが寝てないんじゃねーの?」
「別に私は大丈夫、ですよ」


大丈夫、と答えた直後に再び欠伸をした私を見てりじ…じゃなくて葵さん(そういえばもう理事じゃないんだった)は笑った。 昨夜は残業のお陰で家に着いたのは丁度日付を跨いだぐらい。 眠いのは仕方ないとは思うのだけれど、どうして私の帰りを待っていてくれた葵さんは眠そうじゃないんだろう。 (それにしても葵さん、って呼び方慣れないなあ。)

冷蔵庫から取り出した卵をコツンコツンとそれぞれの手で同時に割る。 一瞬双子が出るかなあなんて思ったけれど殻から飛び出したのはなんてことない、普通の卵だった。 強いて言うなら今日はL玉だったから若干黄身が大きい。 菜箸でボウルをかき混ぜながら砂糖に手を伸ばすと、クスリと笑った彼が視界に入った。


「な、なんですか…」
「いや…?」


何か変なことでもしたっけ?自分の行動を振り返りながら恐る恐る尋ねると、 葵さんはそれはもう綺麗に口の端を吊り上げてニヤリと言った。


「かわいいなあ、と思って」
「な…っ」


いったいおまえはどこのホストだ!一気に熱が集まってきて頬が紅潮する。 「か、顔!顔洗ってきてください!」ガシャンと音を立ててボウルを置きながら叫んだ。なんだこの人、は!


「今日のスクランブルエッグは甘いみたいだから、にも甘くなろうかとかと思って」
「どんな理由ですか!もういいから洗面所いってください!はやく!」


スプーンに盛った砂糖を元の場所に戻して変わりに塩を投げ入れた。 悔しいけどもうこの先ずっと彼好みのスクランブルエッグしか作らないことにする。 興奮するわたしに「落ち着けよ」とでも言うように淹れたてのコーヒーがゴポゴポと音を立てた。



春告鳥
ヒトクヒトク
来たのは人よりその心