「…え?」


ごめんギル、よく、聞こえなかったんだけど。と声の震えを押さえながら聞き返した。 出てきた声は、思っていたよりもずっとか細かった。


「もし、僕が貴方を、オズ様を裏切ったら…どう、しますか?」

先日の彼の問いがふと過ぎる。彼から少し離れて横に座っていたオスカー叔父様は私を哀れむような、困ったような、 なんとも言い難い表情のまま紅茶を口に運んだ。なによりの肯定。 先程の発言は聞こえていなかった訳じゃないし、私だって理解出来ないほど馬鹿じゃない。


「……や、」


やだ。認めたくない。理解はしている、分からない訳じゃない。分からない程わたしはばかじゃない。 否、分かりたくないのだ。そんなこと。認めたくない。


「ギル、なんで、なんでナイトレイなんかに、あそこは、あの家は、」
「わかっています」
「…!」
「分かった上で、僕は行かなきゃならないんです」
「ど…、どうして?あの家は、あの家は…っ」
「…ごめんなさい…お嬢様。でも、僕は…」
「……。オズ様の…為なの?」
「……はい」


囁くように搾り出した問いには、私と目を合わせることなく小さく答えた。 そう、オズ様のために。もう、私が言ったところで今更取り消しになどならないのだろう。伏し目の状態で紅茶を手に取る。 小刻みに震えるカップソーサーとティーカップの奏でる音の狭間からギルが私の名前を呼んだような気がした。




「…っ、だいっきらい…ギルの、ばか…っだいっきらい…!」
「…申し訳ありません」


今にも泣き出しそうな苦笑いで返されたところで私の涙は止まる気配は全くなかった。ギルなんて、だいっきらいだ。 何時だってオズ様、オズ様。それはもう分かっていたこと、諦めていたこと。彼の一番になりたいなんて微塵も思っていない。 私が望んだのはそんなことじゃない、もっと単純なこと。





そんな辛そうな顔をしてほしくなかった、ただ、ただ、 あの人の傍で、笑っていて欲しかっただけ、なのに。






諦めるには遅すぎた
(嗚呼、彼からこれ以上何を奪うというのですか)