いつも静かなこの城は、今日は珍しく落ち着かない雰囲気に包まれている。明日はもっと賑やかになることだろう。 こちらの世界に来てから何度目か分からない舞踏会に思いを馳せながら紅茶を啜った。 あ、美味しい。小さく感想を漏らすと正面のビバルディは満足気に笑った。その微笑みは紛れも無く高貴な女王のもので。 黙ってさえいればいいのになぁとつくづく思う。そう、あくまでも黙ってさえいれば、だ。 最近は随分減ったものの、稀に出て来る妙な発言を除けばである。


「なに?」
「明日の舞踏会はまたあのウサギと踊るのか?」
「え、えぇ。まあ多分…」

当初、ビバルディの言動は自分のおもちゃをペーターに取られたと言わんばかりに敵意剥きだしだったのに、 今となっては姉の如く目を細めて笑っている。時間の流れとは偉大だ。 会った時はちょっと大丈夫かなこの人、ぐらいだったのに今は気の置けない関係になっているのだから。
くすりと笑い声を漏らせば、彼女は唄う様にからかいの言葉を述べた。

「また考え事か」
「あ、うん」
「よっぽどあの白ウサギが気に入っているのだな」
「ち、違うから…っ!」
「構わん。隠すことはないぞ?」
「だから違うってば!」

ムキになって言い返すとその反応が面白いのか、余計にからかわれる。墓穴を掘りまくってからようやっと口を噤んだ。 むっつりした表情のままスコーンを頬張ったその時、ああそうだ、とビバルディが口を開いた。

「明日はわらわと踊らぬか?」
「は…っ?」

「駄・目・で・す!」


突如頭上から降り注いだ声に危うく今にも飲もうとしていたティーカップを落としかけた。 どうにかソーサーに置いたものの、大きく揺れた中味は少し零れた。ついでに、盛大に噎せたのは言うまでもない。
この人はどうしてこうも脈絡のない事を言い出すのか。そしてもう一人はどうしてこうも行き成り現れるのか。 大袈裟に溜め息を吐くと同時に背後から抱き着かれた。恋人同士の甘いそれではなく、 子供が玩具を取られまい、とするようなもので。

「なんだ、いたのか白ウサギ」
「例え貴方でもそれだけは絶っっっ対駄目ですからね!」

いいですね!フンッと鼻息荒く言い切ったペーターに私もビバルディも呆れ半分、憐れみと諦め四分の一ずつの視線を送る。

「僕の恋人なんです!他の人が踊るなんて許しません!」

うわあ。随分と子供っぽい執着心というか、独占欲というか。思わず苦笑いを零す。ビバルディも同様に苦笑していた。

「うわあとはなんですかうわあ、とは」
「…そのままの意味よ」
「まったく…。照れ屋さんですね、貴方は」
「(うわあ…)び、ビバルディ、助けて…」

首、絞まってますペーターさん。身の危険とかそういうレベルではなく生命の危険を感じてビバルディに手を伸ばした。 最愛の人に殺されるなら本望、なんて思想は生憎と持ち合わせていない。 まあ、私の首に抱き着いて(私に言わせると絞めて)いるウサギ耳はどうだか判らないけれど。 (正直なところ、私と真逆の回答が返ってきそうなので聞く勇気がない。)
そんな私の必死の助けを請うた右手を彼女はいとも簡単に跳ね退けた。 「あぁ嫌だ嫌だ。わらわは忙しいのでな、貴様らは勝手にするがよい」芝居がかった口調で言うとさっさと城の方に行ってしまった。 薄情者、さっきダンスに誘ったのは誰だ。恨めしげな視線でビバルディを見送った。
行き場を失って虚しく宙に浮いていた右手を、不意に、ペーターが取った。いつの間に正面にまわっていたのか、 私の右手を両手で包んで真剣に言葉を紡いだ。

「いいですか、。明日の舞踏会も、その先の舞踏会も、ずーっと僕と、僕だけど踊るんですからね」
「はい、はい」

そんなに必死にならなくても、もう貴方しか見えていないというのに。小さく笑ってから空いていた左手をペーターのものに添える。 相変わらず冷たかった。

「ペーターこそ、他の人とは踊らせないからね」

同じく真面目な顔で言い返すとぶっと噴き出された。ひ、ひどい。「すみません、貴方がそんなこと言うなんて意外で」 謝罪も満面の笑みで言われるとあまり意味がないように感じられるんだけど。
依然、不機嫌なままの私に対し、ペーターは冗談めかして私の右手を持ち上げた。


「仰せのままに、お姫様?」


プリンツェシン、お手を拝借