、」


小さく呟いた声はコンクリートに吸い取られてしまった。長閑な夏の昼下がり、珍しく乾燥した空気のお陰か 気温の割には日蔭に入ると涼しい。彼女は昼食を食べ終えると早々に眠りに就いてしまった。俺の膝に頭をのせて。 必然的に俺は動けなくなる。正直、勘弁してほしい。早く起きてくれ、と念じながらの髪を梳くと、 伸ばし途中で中途半端な長さのそれはするすると指の隙間から零れ落ちた。
ゆっくりと流れる平和な時間がゼロとしての時間とあまりにも違いすぎて、自嘲気味に薄く笑いを漏らした。 それから溜め息をひとつ吐いて視線を落とす。小さく上下する胸、薄く開いた唇、これを見るとあぁコイツは生きているんだな、 とつくづく思う。そのまま吸い込まれる様に手をのばして、ゆっくりと、親指で下唇をなぞる。


「ん、…っ」


小さく声を漏らすので起こしたかと思って慌てて手を離した。しかし、起きる気配はまったくない。 そういえば昨日は宿題が多くてあまり寝れなかったと言っていたような気がしなくもない。 1日6時間寝ないと体力が持たないというお子様だから辛いのだろう、あのレポートは中々に大変だったから。 それにしても、睡眠時間を削って黒の騎士団として活動している自分とは酷く対照的だ。この暢気な表情が少々憎らしい。


「仕方ない…」


5限目サボるか、ぼんやりと考えながら、今度はその親指で自分の唇をなぞった。彼女の付けていたグロスがべたべたしてきもちわるい。 キスをする時に付着するのは気になったことはないのに不思議だ。
緩慢とした仕種で空を見上げる。雲が、速い。

遠くで、本鈴が軽やかに響く音が聞こえた気がした。



鈍色デイズ