「アールト!」
「…え…?」
街に出ていたら背中に衝撃を受けたので振り返れば、えらく懐かしい顔がそこにあった。
前と変わらず長く伸ばされた髪、緩やかに弧を描く薄く色付いた唇、少し下げられた切れ長の瞳。
「、さん…?」
「ん、久しぶり!」
相変わらず私より美人で腹立つわー、とクスクス笑う姿に怒る気もおきなくて「相変わらずですね」とだけ返事をする。
本当にこの人は変わっていない。今も、昔も。容姿も性格も口調も、…立場も。
「久しぶりだねえ。元気そうじゃん」
「さんは…」
「相変わらずの生活よ?」
含みを持たせてにっこりと笑みを浮かべる。ふふっと微笑みながら梳いた髪が風でゆるゆる舞う。
口角は上がり、目は柔らかく細められてはいるものの…瞳は光を宿していなかった。
「アルトはいいなあ…家出れて」
悲痛そうに呟く彼女に二の句が継げない。堪えきれずに家を飛び出した自分と、似た境遇ながら未だ檻の中に留まらざるをえない彼女。
今でも彼女に頭が上がらないのは単に年上だからということだけではなく、彼女に対する後ろめたさがあるのだろう、漠然と思った。
「アルトはいま、何してるんだっけ」
「そら、飛んでる」
「へえ…そらか…」
いいなあ…そらか…。
天を仰ぎ見て呟いたその瞬間、見計らったかのように機体が飛び立った。縋るように手を伸ばしたその横顔は今にも泣き出しそうで。
俺は思わずさんの手を取った。ひやり、驚くくらいに俺の熱を奪ったその手を両手で包むようにして胸元まで降ろす。
「俺が、いつか連れてって、連れ出して、みせます」
「…」
「絶対に、」
「…いつか、ね。待ってる」
「…さん、期待してないでしょ」
「…うん」
悪戯っぽく笑いながら緩やかな仕種で俺の手を外す。やわらかな拒絶を受けて黙るしか方法はなかった。
待たない、そうきっぱり拒絶された方がまだよかったような気さえする。
「いいんだよ、アルト。私はこれで、いまのままで」
すべてを諦めた様子で搾り出された声はひどく無機質なものだった。
彼女にのしかかるモノはその小さな肩に乗せるには余りにも強大すぎて。
何も出来ない自分の未熟さと、何も言えない自分の不甲斐無さが堪らなく辛かった。
ただ一言、大切なことを言えない、言えなかった。
過去も今も自分とて変わったところなんてないのかもしれない。
本物の笑顔が見たい、切実に願わぬ幻想を抱いた。
遊星にキス
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