「遅い」
ひとりのんびりと部屋で過ごしていたその時。私の優雅な休日は一本の電話によって奪われた。「うちに来て。今すぐ」自ら名乗ることも、こちらにもしもしと応対させる隙も与えずに、用件だけ言うと通話を切られた。
通話時間4秒。こちらの文句も聞いてくれない相手に溜め息を吐いてコートに手を伸ばしたのだった。
「私の部屋からここまでどれだけ離れてると思ってるの」
「さあ?」
はぁぁ。先程よりもっともっと深い溜め息を吐く。彼とのこのボスとパシリのような関係は、いつからのものか思い返すのが嫌なくらい昔から続いている。
多少の反抗はしてみるものの、根本的なところでこの人には逆らえない。だから今日だって理不尽な呼び出しに従うしかなかったのだ。嫌々ではなく当然の行動として新宿へと向かった自分に呆れながら、だけれども。
「で?今日はなんの用?」
「アイス食いたい」
「…は?」
「もう耳が遠くなってきたの?」
「そうだったらどんなによかったか…」
このくそ寒い日にアイスが食べたい、という主張の後に「だから早く買ってこいパシリ」という台詞が聞こえてきたような気がする。いや、多分事実だ。多分っていうか絶対。目が「早くしろよ」って言ってる。
「ハーゲンダッツで妥協してあげるよ」
「どの辺りが妥協なんですか」
「近所のコンビニでも入手できるじゃないか」
びっくりするくらい優しいだろ、俺?
びっくりするくらい腹の立つニヤリ笑いに返すべき表情が出てこない。言い返す台詞がいくつか浮かんできたけど、言うだけ無駄なので喉の奥に引っ込めた。
結局私は買いに行かなきゃならないんだもの。だったらさっさと行ってしまおう。そう思って脱いだばかりのコートを羽織りながら玄関へ足を進めた。
「」
重い鉄製ドアを半分ほど開き、いざコンビニへ向かおうとしたその時不意に背後から声が掛かった。
「いってらっしゃい」
「う…あ、いってきます…」
柔らかい、ふわりとした声色。彼が時折見せるこの優しさのようなものに私は弱い。正に飴と鞭。
それもそれもすべて臨也の計算なのだろうと分かっていても緩む頬を抑え切れないあたり、私はもうどうしようもないのだろう。
君の言葉が凶器
title:ロストブルー