夏が、終わった。

テレビの特番なんかでありがちな言葉そのままに、終りを告げるサイレンが鳴った。夏大には魔物が住んでいる、和さんが言った台詞は本当だった。 試合の最中、何も出来ずにただ座っていただけの私のところへみんなが帰ってくる。おつかれさま。たった6文字さえも上手く言えなくて口を噤む。
選手の啜り泣く声の響くベンチの隅っこで私は立ち尽くすしかなかった。スコアブックをきつく抱いて、唇を強く噛む。泣くな、なくな。


、お疲れ様」
「しん、ご…さ、」


ぽん。軽く置かれた手がゆっくりと頭を撫でる。ぼろり、不覚にも零れ落ちた涙に、慌てて目頭に力を入れた。私が泣いてどうするの。

もっともっと、このひとと野球がしたかった、一緒にいたかった。慎吾さんも和さんも三年生の先輩達は私たちを置いて行ってしまう。つい昨日までみんなで追い掛けていたボールは、もうこの人の元へは届かない。


「なんでおまえが一番辛そうな顔するんだよ」
「だ、だってえ…」


慎吾さんが、笑うから。きっと悔しくて悔しくて仕方ないのに無理して笑うから。私にそんな優しく触って笑いかけるから。


「みんな、がんばってたのに、なのに、」
「うん」
「あんなに、みんな、ずっと、」
「うん」
「なのに、なんで、慎吾さんは、泣かないの、ばか!」
「うん」
「慎吾さんの、ばか!…っ、」


もういいから、とりあえずさっさと泣け。
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に優しい声色で軽く引き寄せられて、大きな胸に顔を埋めた。汗と泥と雨のにおいを感じながら思いっ切り泣いた。きっと部員の誰よりも叫びながら。 みんなみんな頑張ってきたのは私が一番知ってる。泣かないなら私が泣きます、かわりに。


「慎吾さん」
「ん?」
「来年、絶対甲子園いきます」
「おまえが連れてくの?」
「いえ、凖太が」
「凖太かよ」
「はい。…だから、」


だからどうか、


「忘れないでください」


ずっと頑張ってきたことも、みんなで野球したことも、私も一緒だったことも。


「私は、忘れませんから」


貴方の頑張ってる姿も、野球してるところも、ずっとずっと、好きだったことも。この先もずっとずっと好きだろうと思えるこの気持ちも。



「うん。あと、おまえが部員の誰よりも頑張ってたってこと、分かってるから」

俺がいちばん、知ってるから。


ぽつりと頭に落ちてきたのは、雨漏りの雫ということにしておこう。だから隠せていない耳が赤いことは見ない振りをしてもらうことにする。
もしかしたら夏に終りを告げて、また新たに始まるのかもしれない。
頭を撫でる手つきに勘違いしていまいそうになる。

それでもまだこの夏に未練の残る私は、吹っ切るようにただひたすらに声を上げた。





余炎