、」


低めの声色で名前を囁くと、わかりやすい程大きく肩が跳ねた。俯いてこちらを見ようともしない彼女に痺れを切らして強引に顎を掬う。怯えたように揺らぐ双つの漆黒。


「ねぇ、どういうことかな?僕は君に、クイーンが無茶しないように見張って欲しい、と言った筈だけど」
「きょう、すけ、さま…」
「何、バベルの奴らに情でも移った?」
「っ!決してその様なことは…!」
「さぁ…どうだか」


大袈裟に眉間へ皺を寄せると、予想通り彼女は泣き出しそうに顔を歪めた。顎から手を外し、その表情を見ないようにしてから、わざとらしく呟く。


「僕としたことが、人選ミスかな」
「…そん、な」
「僕は、君に友達ごっこをさせるためにバベルへ送り込んだ訳じゃ無い」


ぴしゃり。即座に言い放って見下ろせば、いよいよ本気で泣き始めそうな顔がそこに。否、バベルから腕を引いて連れ帰った時から、ずっと泣きそうではあったのだけれど。


「京介さま、違うんです、あれは、」
「あれは…?」
「違う、ちがう………京介さまは、ひどい…」


零れ落ちたそれを拭おうとはせず、小さな頭を僕の学生服に押し付けてきた。鳴咽混じりに溢れてくる彼女の文句を、その髪を梳きながら聞く。


「全部、知ってるくせに…分かってるくせに…っ!」

私にはパンドラしか、京介さましかないって、全部ぜんぶ、分かってるのに何で…なんでそんな意地悪言うんですか…!

「京介さまの、ばかぁ…」


弱々しく生地を掴んで僕に縋り付いてくる。その動作に緩く笑みを零した。 別にを責めるつもりなんて毛頭ない。 ただ、僕の所に戻ってきてくれると、僕には君しかいないように、君には僕しかいないのだと、確認したかっただけなのだから。



「京介、さま…?」
「仕方ない…今回の件は不問に付してあげるよ」
「あ…!ありがとうございます…!」


ぐちゃぐちゃの顔を更にくしゃりと歪ませて笑う。正直そこまで可愛くもないけれど、僕はのこの笑い方が一番好きだ。安心したのか和らいだ空気に乗じて額に口付けた。


「パンドラから、僕から離れることは赦さないからね、?」
「…はい、京介さま」


くしゃり。言の葉でがんじがらめにされても尚微笑む彼女が愛おしくて仕方がない。一生離さないよ。心中で呟くと、抱き着いてきたの髪を再び梳く。しなやかな漆黒から漂う甘い香りにゆっくりと目を閉じた。





小さく狭い世界の片隅で



title:ロストブルー