「…っ。」
「…?」
補習で教室から出るのが遅くなってしまい、教室を出たときにはもう日が傾き始めていた。
別に遅くなったからと言って急いでる訳でもないので、ぼーっとしながら昇降口を出た。
近付いて来る足音に気づかなかった俺も悪かったんだろう。突然、校舎の影から誰かが飛び出してきてぶつかってしまった。
それは、見知った人物、クラスメイトので。
日頃は苗字で呼んでいたのに、咄嗟に出てきてしまったのは彼女の名前。なんと自分は正直なのだろう。
「…っ、ごめん総悟…」
ぶつかった時から俯いたまま。顔を上げようともせず、俺の上履きの名前を見て言ってきた。
明らかに泣いている
「、どうかしたんですかィ?」
「…ごめん、ごめん、ね」
覗き込んでやろうとしたら、は慌てて俺の前から走り去ろうとした。
何があったのか、興味本位で訊くのは如何なものかと思ったが、思わず尋ねてしまった。我ながら酷い奴だと思う。
「」
少し低めの声で彼女を呼んで。少し強めに腕を引いた。
の力なんて所詮女のもの。いとも簡単に俺の方に倒れてきた。
「っ、と」
そのまま更に腕を引き寄せて、自分の腕の中に入れる。驚いた事に、この一連の動きの中では一度も抵抗を示さなかった。
そして、今も。唯のクラスメイトに抱き締められていると云う状況の中で、は唯泣きじゃくっているだけ。
「…っ、く…うぇ…」
「……」
全く泣き止む様子の無いを、ちょっといじめてやりたくなって。ほんの少し、サドの血が騒いで。
「良いんですかィ、この状態彼氏に見られたら面倒なことになるだろィ」
茶化す様に言うと、彼氏、と云う単語を聴いた途端、びくり、と肩を震わせた。もしかして、
「アンタ……」
「…っさい。もう……あんなの彼氏じゃない…っ!」
やっぱり。この様子だと浮気現場でも見たとか、大した事無ければ約束破られたとか、そんな所だろう。
でも、は。彼女はすぐ怒るようなタイプじゃない。妥当な線で行くと前者、だろう。
言葉に詰まっていると、諦めたのか、吹っ切れたのか。自嘲気味に話し始めた。
「…ははっ、最近様子が変だったから。約束がある、って言ってたのに付いていってみたら、なんだったと思う?」
「…キスでもしてたんですかィ?」
「あー、だったら未だ良いかも。」
ふっ、と吐き出すように顔を上げて嗤って。気がつけば彼女の涙は乾いていて。
「
事情中
、でした。」
あー、堪ったモンじゃない、と再び俺の胸に顔を埋めながら彼女は呟いた。
また言葉に詰まってしまい、静寂が続いていると、再度の背中が震えていた。
「……」
「っく。あはははははは」
驚いた事に、彼女は笑っていて。そして、一頻り笑った後に、しんみりと呟いた。
「なんであんな奴すきになっちゃったんだろ。」
今にも泣き出しそうな彼女を見てられなくて。
(が泣き出しそうなのは、何が悲しかったのか分からないけれど、)(この事実にか、自分自身になのか。)
もう一度、彼女を抱き締めた。ちからいっぱい。
「、俺にしなせェ。」
絶対、アンタを泣かせたりしないから、と呟くと、は心底驚いたような顔でこっちを見ていた。
暫く、口半開きのまま硬直していたが、やっと俺の科白の意味を理解するとはにかんだ様にわらってみせた。
それは、今日きみがわらったなかで一番素敵な笑顔、だった。
小さな恋のラプソディー
(君の返事は、小さな口付けで。)
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