コトリ、
小さく音を立てて筆を机に置いた。書類の作成を全て終えたのでそろそろ寝ようかと思い、時計を見やれば既に午前二時。 随分といい時間だ。厠に行こうと部屋を出ると、縁側でこの寒い中月見酒をしているヤツが居た。


「オイ」
「…あ、副長」


どこか浮かない表情でぼんやりと酒を呑んでいた彼女は俺に気付くと少し横にずれて猪口を差し出してきた。 呑めと。この時間から呑めと。俺は明日朝早ぇんだよ、と言おうとしたが、それは喉元で押し留めざるをえなかった。 日頃気丈な彼女からは考えられないような表情をしていたから。


「……そういや今日は立ち入りだったか」
「はい。いっぱい、いっぱい斬りましたよ」


人を。感情を押し込めるようにして声を漏らした。
一番隊に属する彼女は真選組の中でも相当な腕の持ち主である。調子がよければ隊長の総悟にも勝るとも劣らない程に。 動体視力良し。反射神経も良し。腕も良し。人を斬る際は極力血を流さないように、相手が痛みを感じないように、一撃で仕留める。 剣を抜くと人が変わったように冷たい眼をしてバッサバッサと人を倒していく。女であることを何も問題とさせない人物だ。 ただひとつ、精神的な面を除けば。

毎度毎度、誰かを葬る度にこうして独りで悔恨の情にかられながら酒を呑んでいる。いわば、自棄酒。今日もそうなのだろう。 静かに酌んでいた。

隣に腰を下ろすと同時に満月が雲み覆われ、俯き気味の彼女の表情が余計に読み取りにくくなった。


「副長、話を聴いて頂けませんか」


肯定の言葉を零すと、彼女はぽつりぽつりと話し始めた。





本来なら、沖田隊長が死番の日だった。本来ならば。 なのにあの餓鬼隊長殿が左手を骨折したらしく、仕方がなく私に回ってきてしまった。 稽古中にでもやってしまったのだろうと思っていたので渋々承諾したけれども、 後々に骨折の原因は万屋さんのチャイナ娘とドンパチやった事だと聴いたので今度一発殴ってやろうと思う。 (報復を恐れてはいけないんだ、自分!)
…閑話はいいとして。

当然、人を斬った。先陣を切って突入したのだから、とってもいっぱい。
剣を抜いた後のことは普段からあまり覚えていない。自分がどんな動きをしたのか、どんな状況だったのか。不思議と覚えていない。 でも自分が斬った人は全員覚えている。その他に覚えているのは、血。ただそれだけ。

今日もそうだった。いつもと同じだった。ひとつ、例外を除けば。
一組の夫婦を斬った。相当な人数の攘夷派志士が居たのだから夫婦が居たとてなんら不思議ない。そして、その夫婦に子供が居たとて。


「お前が、母ちゃんと父ちゃんを、」
「・・・」
「お前が、きったのか」
「そうよ」
「父ちゃんと母ちゃんが何をしたってンだッ」
「・・・」
「…返せ。返せッッッ!」


その少年の問いに、   父ちゃんと母ちゃんが何をしたってンだッ   的確な返答が出来なかった。 何故?攘夷派志士だったから。何をした?何も。唯、私は危険因子を摘み取ったまで。何故?私は、真選組隊士だから。

血の海に落ちていた親の刀を震えた手で、しかし確りと此方へ向ける。 平常心を失った者を、尚且つ子供を殺めるなど鰾膠もないのにそれが出来なかった。 気がつけば右手の刀を手放して、その子の首裏に首刀を喰らわせていた。





「副長、私、両親を攘夷派志士に殺された、って前に言ったじゃないですか」
「ああ、そういや…」
「今日の私はソイツと何も違わない気がしたんです」
「な、」
「あの男の子、昔の私と同じ眼をしてましたよ」
「・・・」
「しかもね、私のやったこと一緒なんですよ」


仇の志士に。皮肉ですよね。そう言うと同時に少しあたりが明るくなった。月が雲居から顔を出したようだ。 月光によってようやく彼女の表情が読み取れるようになり。 その苦し気に歪められた表情はとてもではないが笑顔と呼べる代物ではなかった。


「ねえ副長、」
「あ?」
「私たちのしていることは正しいんですか?」
「・・・」
「私たちは、何をしているんですか」


ぽつり。普段ならば馬鹿言ってんじゃねぇと拳骨のひとつでもくれてやるのに。今の自分は、今の彼女へは、それが出来なかった。


「…くそったれ」


思わず漏らした呟きは闇へ溶けていった。





連綿として続く
途切れることなく、延延と