「なーにが、『救護所は任せて』だ」
「あ…ご、め……銀ちゃ、」
「あーもう、痛いんなら喋るなよ」
「別、に痛いわけじゃない、よ…」



ひっく、としゃくり上げながらは顔を上げた。血塗れの部屋で、同じく血塗れで座り込みつつ、 自らの治療をしている様子はあまりにも異様だった。本業は医者である彼女を怪我人と共に救護所に置いていっていた。 前線から帰ってきたと云うのに、不自然なまでに静まり返ったぼろ屋。妙な胸騒ぎがして、慌てて踏み込んでみれば、この有様。



「ごめん、みんな、守れなかった。あたしだけ生き残っちゃった…」
の所為じゃ、」
「ううん、あたしの所為だよ。」



俺の科白を遮って、きっぱりと言うと、は黙々と大きな傷の止血を始めた。 沈黙に耐えられなくて 何か手伝うことがあるか、と問えば、必要無い、と一刀両断。 斬られた所為か、普段よりも手当てのスピードも落ち、ぎこちなさもあるが、自分が手伝うよりは早いだろう。第一、邪魔なだけだ。
やることも無く、かと言ってこんな状態の彼女を置いて再び戦場に戻るなんて事は出来る訳も無く、 どうしたものかと考えていると、彼女の方が小さく口を開いた。



「あたし、もう、抜けるよ」
「な……」
「怪我人が、怪我人を治療なんて出来っこないわ」



何が、なんて訊けない。はっきりと言い放ったに思わず絶句した。 当の彼女は、別に医者は私だけじゃない、救護をしながら戦える人だって居るんだもの。 と、にっこり笑いながら右脚の包帯を ぎゅ、と縛った。

薄っぺらい救護所の板壁越しに、仲間と天人の怒号が聴こえて来る。



「ホラ、銀ちゃん行かなきゃ。みんな待ってるよ」



器用に右手だけで、左手に添え木と一緒に包帯を巻きながら言う。聴いている此方が苦しくなるほど、明るい声で。 俯きながら作業をしているので表情は窺えないけれど、大体の想像はついた。



……」
「さ、行って。銀ちゃん居ないと困るんだから。ね、白夜叉さん?」



おどけた様に言うと、精一杯の笑顔で俺を見ながら玄関の方を指差した。行け、と。



「…絶対、俺が帰ってくるまで此処で待ってろ」



直ぐに戻ってくるから、と思わず睨む様にして言ったが、は曖昧な笑みを浮かべながら、 いつものように、「いってらっしゃい」と言うだけだった。 その様子に如何する事も出来ずに、静かに彼女に背を向けて救護所を出るしかなかった。




もう、自分が戻ってくるころに彼女は居ないだろう、と想いながら。










prejudice

(僕は君がいるだけで十分なのに、)