「あ、」

買い物から帰ってみたら、玄関に座り込んでいる見知った男の姿。しかも血塗れで。 まあ、コイツはそんな奴だから特別驚きはしないんだけれども。

「高杉、」

声を掛けてみれば意識が在るのか、僅かに反応した。気絶していないなら、担いで運ばないで済む。 良かった、なんて思ったけど歩けるの?この人。歩ける?と訊けばダルそうに片目でチラリと此方を視る。 自力で立ち上がる気は無いらしい。
ハア、と溜め息を吐いて一旦家に入って荷物を置いてきた。買い物袋を引っ提げた侭じゃアイツを支えられないだろうから。

「はい」

仁王立ちで手を差し出せばゆっくりとした動作で私の手を取った。 高杉に肩を貸しながら家に入る。正直あんまりコイツの怪我の心配はしてなくて。 あー、この着物結構気に入ってたのになあ、などとぼんやりと考えた。浅葱色の着物は最早高杉の血で紅く染まってきている。 どうしてくれよう、この着物。弁償でもして貰おうか。

気がついたらふらりと私の許を去っていて、風の便りによればテロをしていると聴き、何でも無い日にふらりと棄てた女 (私は棄てられたと思っている)の許に戻ってきて。尚且つ、大怪我をして、
本当に、此の男は私を何だと思っているんだろう。



Leucodendron



「何なのこの怪我。幾ら私が医者だからって何でも治せる訳じゃないの、分かる?」
「…」
「わ・か・る?」

私の問いかけを無視した代償として、傷口に当てていた脱脂綿をぐりぐりと傷口に押し込んでやった。 流石にそれはコイツでも痛かったのか、僅かに眉を顰めた。

「豪く元気そうじゃねェか」
「貴方と違ってデンジャラスな人生送ってないからね」

「はい、ばんざーい」と付け足したら傷ついていない方の手で殴られた。 (お腹の傷に包帯巻きたかっただけなのに…)(しかもゴンッて言ったよ、低い音だったよ!)

「ちょっ、何?今のは『万歳』に対して?それともその前の発言?」
「…相変わらず馬鹿だなテメェ」
「一応学はあるんですけど、」

ふ、と。言葉がひとりでに途切れてしまった。なんでこんな会話をしているの? 棄てられる前と、なんら変わりの無い会話が、逆に恐ろしくなってきた。 もう一度、この暖かさに触れたら、もう手放したくなくなる。きっと。

「あー、のさ、」
「あ?」
「治療終わったら直ぐ出て行っていただける?」

話題を急旋回させて切り出すと、何でだ、とでも言いたそうに隻眼で睨まれた。無言なのが余計に、怖い。

「1時間後に持病のある子がやって来る訳、でして、」
「…」
「その、指名手配犯が居るとその子の心臓に良くないっていうか、なんていうか、」
「…」
「なん、です、よ…」

何も言わずに相変わらず読めない表情で高杉が睨んでくるもんだから、私の声はどんどん窄んでいった。

「本当に相変わらずだな、お前」
「なに、が」
「俺に出て行って欲しくないのに、患者の為、で出てけ、つってんだろ?」
「何言って、」

かあ、一気に顔が紅潮したのが自分でも分かった。コイツのこういうところは嫌いだ。 ニヤリと余裕たっぷりの笑みで、痛いところをざくざく突いてくる。今回、だって。

「少しぐらい患者放っとけよ」
「そんなの、でき」
「る訳ない、ってか? 3年前と同じになるぜ」
「え…?」

さんねん、まえ。高杉が私を置いてけぼりにして出て行った年。ひょっとして、真逆、

「3年前…私が手が離せない患者が居るっていったから、置いていったの…?」
「…」
「じゃあ、私を棄てたんじゃ、ない、の?」
「…アァ」

気がついたら、泣いていて。3年前に私が言ったことが一気に蘇って来て。
ずっとずっと3年間コイツの事が忘れられなくて、ずっとずっと好きで、でも、絶対に認めたくなくて、 薄々感づいていた事だって押し込めて、
こうもハッキリ断言されてしまうと、言い逃れが、出来なくなって、

「…っく、ふ、」
「…」
「た、かすぎ、」
「今度こそ、着いて来るか?」
「けど、患者さん、が、」
「…」

まだ言うか、とでも言いたげに私を見た高杉は少し呆れたような目をしていた。 でも、患者さんを放っておけないのは事実で、でも、

「…いく」
「あ?」
「今度は、高杉と一緒に、行く。連れてって」

今回を逃したら、もう二度とコイツに会えないような気がして、気がついたら全部を投げ出して高杉の左手に縋り付いていた。