「な…のは…」
「んー?」
「この…状況は、何?」
「んー」

背中には壁の温度を、顔の左右には手が、正面には息がかかりそうな距離になのはの顔が。 正直なところ、状況が全く飲み込めない。確か、朝この近くで会って、普通に挨拶をしただけのような気がするんだけど。 どうしてこうなってるんだろう。そんなことを考えたって仕方がない。とにかく、まずはこの状況をどうにかしないと。 色々な意味で危機だ。

「フェイトちゃん最近ずっと「エリオが、キャロが、」ってそればっかりだったんだから。ちょっとぐらいこうしてたっていいでしょう?」
「そんな…っ、いつ人が来るかわからないのに…」
「えー?そうかなあ…」

ちっとも気にしていない様子のなのはに私は余計に焦った。こうなったら中々とめられない事は経験上分かっている。 だからといって好き放題させていたら自分が痛い目みるのも同じく分かっている。どうしよう、どうしよう。

「っひゃ…」
「可愛いなあー」
「ちょ、ちょっとなのは…」

頬につけられた右手が冷たい。思わず身を強張らせると、遠くからスバルの声が徐々に近付いて来ているのに気付いた。 硬直した私とは対照的に目の前で微笑む彼女は様子を見る限り前々から気付いていたようだった。 じと、と恨めし気に睨んでみたが、彼女はいっそう笑みを濃くするだけだった。

「なのはさーん?どこですかぁー」
「あ、今行くー!ちょっと待ってて!」
「あ、はぁい!」

兎にも角にも、やっと仕事に行ける。そう思ったら露骨に表情に出してしまった上に、なのはにその変化を見られたらしい。 不機嫌そうにこちらを見てきた。まずい。今までの経験からして、良い方向に転ぶことはまずないだろう。非常にまずい。 早くこっちに来てスバル。あ、や、この体勢を見られるのもまずい。いや、でも・・・

「フェイトちゃん…そんなに嫌だったの?」
「え…あ、いや、なのはが嫌とかそんなんじゃなくって…、こんな所でっていうのが…」
「…うーん、まあ、いいんだけど、ね」
「え?」

にっこり。綺麗に微笑むと少し顔を遠ざけた。それでもまだ十分近いように感じるけれど。否、十分に近い。

「それってどうい――――、…っ!」
「…ふふっ。じゃあ、また後でね」
「う、あ…?」

何が起きたのか思考が追い付かず、硬直してしまった。その間私の頭の上を「かわいいなぁ」と呟いたなのはの手が2、3度往復した。 それで満足したのか直後に行ってしまったようで、私が我に返った時にはもうスバルと合流していたようだった。 触れられた唇に手を沿えると、そこだけ熱を放っているかのような感覚がする。顔が熱い。そんな、いきなりキスするなんて。 不意打ち、なんて、

「それは…ずるいよ…」

この赤い顔がなおるまでは職務に就けそうにはなさそうだ。眉を寄せながらぱたぱたと手で顔面を扇いだ。