「っ、はぁー…」
ホワイトクリスマスにはならなかったけれど、今は年の瀬、当然の如く吐く息は白い。かじかんだ指先を温めてから、凍るように冷たいドアノブに手を掛けた。
動きの鈍い手で鍵を捜す羽目にならなくてよかった、と思いながら。
「ただいまぁ」
「おっ。おかえり、ヴィータ。寒かったやろ」
「ん、」
ぱたぱた、とスリッパを鳴らしながらはやてが出迎えてくれた。エプロン姿に、キッチンからは香ばしい香り。家族の中で唯一午前上がりだったはやてはディナーでも作ってくれていたのだろう。
仕方ないから職権乱用で午後の仕事を放棄した事については言及しないことにする。その所為でアタシの仕事が少しばかり増えたことも、今日は言わないことにする。
だって今日はクリスマスだから。
考え事をしながらブーツを脱いでいると、せっかく暖かい家のなかに冷気が入り込んでいることに気付いて慌ててドアを閉めた。それに気付いたはやてはくすりと笑う。
「タイミングえぇな、もう出来るとこやで」
「…あれ、シグナムとかシャマルは?」
綺麗に片付けられた玄関にはアタシとはやてのしか靴が無い。疑問に思って顔を上げると、にやりと笑ったはやてがいた。絶対何かよからなぬことをしたに違いない。そうだ、この表情は絶対に、そうだ。
「んー、シグナムとザフィは残業やし…シャマルはどっかで男引っ掛けて飲んでるんとちゃう?」
「な…!」
「ま、要するにヴィータと二人っきりってことやな」
語尾に音符やらハートやらの記号を付けていそうなくらい弾んだ声で言う。これは完全に職権乱用じゃ…。シャマルはともかく、シグナムが不敏で仕方ない。
ついでに一緒にいるであろうザフィも。ザフィは少しだけだけどな。
「まぁまぁ、早ぉ食べよ?ヴィータのために作ったんやで?」
「…どうしてそういう恥ずかしいことを…」
「ふふ、」
ヴィータだから、や。甘く囁かれて一気に頬に朱がさす。照れているのはバレバレなんだろうけど、絶対に認めたくないからはやてを差し置いて早々にダイニングへ向かう。
後からぱたぱた、という音と「ちょぉ待ってやー」と嬉しそうな声が追い掛けてくる。構わずに扉を開けると予想以上に豪勢な料理達が並んでいた。
「わ、」
「頑張ったんやでー」
「これ、全部はやてが作ったのか?」
「せやで」
目の前に置かれた料理に興奮気味になっていると、はやてが苦笑しながら「ほな、先に食べよか」ちらり、オーブンの中で回っているチキンを見遣りながら言った。
横に表示された時間は5分。もうすぐ焼けるやろ、そう言いながらいそいそと水を汲んで電動のポットを動かす。
「あ、」
「なに?」
「ちょお寒くない?エアコン入れてくれへん?」
「あ、うん」
アタシが帰宅と同時に大量の冷気も連れ込んだ所為で少しばかり肌寒い。リモコンに手を伸ばして電源のボタンを押した。と、同時に不自由になる視界。
「あー…やっぱ駄目だったわ」
「え、なに、停電?」
「ちゃうちゃう、ブレーカーが落ちただけや。今上げてくるから待っとって」
「あ…ごめん…」
そりゃそうだ、冷静になればすぐ分かるのに。動きっぱなしのオーブン、急速にお湯を沸かしているポット、笑い声の絶えないテレビ、家中点きっぱなしの照明。
これにエアコンが加われば、ブレーカーが落ちる条件はばっちりだ。
はやてに申し訳なく思っていると、微かに機械の動く音がした。もう電気を点けて大丈夫だろう、と腰を上げると、アタシよりも早くはやてがスイッチを押した。
急に明るくなった視界に目を細める。
「……え?」
「メリークリスマス、ヴィータ」
思わず目を擦ってテーブルを凝視した。先程までチキンが鎮座するスペースとして丸く空いていた場所にあったのは、ケーキと小さな包み。
びっくりして口をはくぱくさせていると、背中越しにはやての温もりを感じた。
「わーすごーいどうしたんやろなーサンタさん来たんかなー」
「は、やて…」
「嘘うそ。ヴィータ、びっくりした?」
「う、うん!」
ならよかったわー。にかっ、と効果音が付きそうなくらい晴れやかに笑う。
何でかアタシよりずっとずっと嬉しそうなはやてに、ろくな礼も述べず駆け寄った。
「は、はやて!」
「んー?」
「ありが、と!え、と、その…すごく…うれしい…」
「ヴィータ…っ」
恥ずかしさに耐え切れず、抱き着いたはやてに顔を埋めて言葉を濁した。それでも十分、伝わったみたいで。後頭部に感じた温もりに目を閉じた。
もうお互いそんな年齢じゃないけど、クリスマスも捨てたもんじゃない、そう思いながらはやてにまわす腕に力を込めた。
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