今日も、よく晴れた。穏やかな秋の空に向かってゆるゆると伸びをする。また一日がはじまる…今日こそはきっと、今日こそは。 そう自分に言い聞かせて、アキラは隣の部屋へと足を向けた。

「…おはよう、シキ」

ぼんやりと天井を見つめていた彼に言葉を掛けたところで、反応があるはずもなく。 およそ二年間毎日繰り返した台詞がいつも通り虚しく響いた。

「なあシキ、アンタは今何を考えてるんだ?…nのこと、か?」

鈍い色をした紅が、ゆっくりと伏せられてゆく。一度濃く影を落とした睫毛はまたゆっくりと影を薄くして遠ざかっていった。 その瞬きをする動作さえも気怠そうに、…生きることも億劫そうにさえ思えるようなその仕種に、アキラは顔を歪ませた。

「シキ、アンタは…ずるいよ…」

柔らかな髪に右手を差し込み、前髪を僅かにずらす。光りを失った真紅色の瞳は動くことなくぼんやりと空虚を向いていた。
震える声で呟くとアキラは崩れ落ちるようにして膝をつく。 およそ二年間、一度たりとも言葉を紡ぐことのなかった唇、決して自分を映すことのなかった紅い瞳。 アキラの精神も、憔悴しきっていた。いっそ、以前のシキを取り戻すのは諦めた方がいいのではないか。 いっそ、この状態のシキを受け入れた方が楽なのではないか。
それでもこうして僅かな希望を抱きながら生きているのは、 もう一度だけでもいいからあの低くよく通った静かな声色で名前を呼んで欲しいから、 一瞬でもあの総てを飲み込むような鮮やかな紅に自分を映して欲しいから、…それだけでもいいから。
祈るようにシキの手を取る。とても生きているとは言えない状態のシキのそれは、泣きたくなるほど暖かかった。



「好きだ…シキ…」


掠れた声は、穏やかな昼の陽射しに呆気なく霧散した。