「…何だこれは」


遠征から帰還したというのにアキラの出迎えがない。また“遊び”か、シキは溜め息を吐いて整端な顔に皺を寄せた。 不快感を隠そうともせずにアキラの部屋の扉を開ければ、むせ返る様な甘美な香が嗅覚を襲う。


「あ、お帰りなさい、シキぃ」
「…あぁ…」


アキラはとろんとした表情を浮かべながら甘えた声を出したが、いつもと違って駆け寄ってくる気配はない。否、それは出来なかった。 その原因である大量の薔薇に埋もれるようにして座りながら顔を綻ばせる。


「何だ、これは」
「何って…薔薇だよ?」
「そういう意味ではない」
「ふふ…、分かってるよ」


再び、緩慢と紡がれた疑問の言葉にアキラは微かに顔を傾けて唇を開けた。

シキが前に気に食わないって言ってたお金持ちいたでしょ?あれがシキの遠征中によく訪ねて来て……ん?遊んではいないよ、趣味じゃないから。 そう、それでね、何か好きなものは、欲しいものは、ってやたらと聞くから答えてやったんだよ。好きなのは「あか」だ、って。

ゆっくり幼子かのように言葉を紡いでからころころと笑う。薔薇だなんて馬鹿だよねえ、と同意を求めて上目使いにシキを見遣りながら。


「しかしこんな大量の薔薇…求婚か何かするつもりでもあるのか」
「さあ?少なくともこんなのは要らないんだけど、」


一端台詞を切ってからシキに向かって両手を伸ばす。それに応えてシキも両手を差し出しながら上半身を傾けた。
と、アキラはその手をシキの顔に添えてから再び小さく息を吸い込んだ。


「欲しいのはこのあかだったのにな」


深紅の瞳を覗き込みながら妖艶に微笑む。


「シキさえ居ればこんなの要らないから。だから…ね、」





     シキ、






翡翠色の花は部屋に満ちる薔薇の芳香よりも甘く艶やかな声色で主の名を呼んだ。